発音、文法、語彙の三点セットで極意をつかむ英語学習

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スパイラル学習法―発音、文法、語彙の三重相関

スパイラル学習法―発音、文法、語彙の三重相関

2021/05/03

発音、文法、語彙の学びを順次、連動させる重要性について

発音・文法・語彙の三方向から順次追い詰める、時間差・多角的、英語学習法

英語の学習において大切なことは、発音、文法、語彙、の各分野において学びを深めることです。例えば、耳で聞いて、r と l の区別ができ、英語をしゃべっても、それを区別して発音できるようにならなければなりません。また、日本語に存在しない母音(hat, hut, girl などに含まれる母音など)や二重に使い分けられる母音( it とeat, fool とfull など)をしっかり学ばなければ、英語のリスニングに支障が出るのは至極当然の話です。他方、英語の文法を知らなければ、思いついた単語をとりあえず並べるだけの片言英語から脱却することはできません。そして、多くの語について、その意味と使い方を学ばなければ、初歩的な会話すらままなりません。まして、深い内容について意見交換したり、新聞や雑誌を継続的に読むことは不可能です。

しかし、一気にそのすべてを習得しようとしても、どこかで息切れし、挫折してしまいます。一度に、二兎ならぬ三兎を追っても、効果は薄いのです。といって、過度にどれか一分野の学びに集中しすぎると、やがてバランスを欠き、学習も失速しかねません。それを防ぐには、個人の事情を十分考慮した上でですが、英語学習に、多次元スパイラル方式を導入する必要があります。例えば、ある段階では発音に重点を置いて集中的に学び、次の段階では、文法に集中し、さらにその後で、多読による語彙力の拡充に努める、といったやり方を繰り返す方法です。

でも、そんなことは多くの人が、半ば無意識的にであれ、とっくにやっていることかもしれません。しかし、英語と日本語との間の言語的な隔たりが大きすぎるため、発音には発音の、文法には文法の、さらに、語彙には語彙の、独特の難しさが横たわっています。無論、どの学びも、いずれ劣らず重要であることは、多くの人が知っています。問題は、発音なら発音にどこまで集中できるか、文法なら文法にどれほど真剣に取り組むことができるか、ということであり、同時に、それらの各学びの順序をどうするか、そして、それぞれの学びの相関性に、学習者がどこまで深い気付きを獲得できるか、ということです。つまり、本当に深い英語の学びは、これらの三領域の学びの相互補完性を自覚し、自分の置かれている環境、現在の力量、それに、自分に使うことが許されている時間の長さ、のそれぞれにに鑑みて、自分にとっての最適な学習課題を、どれだけ計画的、かつ継続的に、自分に課し続けることができるかにかかっているからです。

ところで、発音、文法、語彙の三領域の相互補完性とは、具体的にはどのようなことでしょうか。分かりやすい例を挙げてみましょう。たとえば、イントネーションや息継ぎは、もっぱら、英語の発音に関する学びの延長線上にあると考えられがちです。よく、疑問文のおしまいは声を上げるのに対して、平叙文の終わりは声を下げる、などと教えられます。これは間違いではありません。でも、ここで終わっては、イントネーションの一万分の一も教えてもらったことにはなりません。実際には、単に "Yes." や "No." と答えるだけでも、言い方は十人十色、それに状況が変わり、その時の気分がかわれば、何千通りもの言い方が可能なのです。イントネーション(intonation) とは、音声に話し手の思いや感情を込める、という意味ですから、細かいことを言えば、ほぼ無限の変化がありうるのです。他にも、例えば、明日、演説をしようとしている人がいるとしましょう。すると、そのテーマや議論の道筋を考えるとともに、一つ一つの文を構想する際、まず、どの語や句や節を主語に持ってきて、どこを強調するか、どこからどこまでをひとまとまりにすらすらと言えば、こちらの言いたいことが聴衆に伝わるか、などを冷静に計算してかかるのでなければ、草稿一つまともに書けないのです。そして、ここが肝心ですが、語や句や節の句切れは、もろもろの文法事項へのかなりの習熟なしには、ポーズを置く場所と、ポーズの長さを、百発百中、正しく把握し続けるなど、不可能です。また、膨大な数の語彙に関する理解、すなわち、きめ細かい語義上の区別と運用上の慣例・適否に関する確かな情報の持ち合わせがなければ、演説は勿論、会話や議論の場面で、語や句の正しい選択をすることは、ほぼ、無理なのです。

では、日本人が途中で飽きることなく、また挫折することなく、生涯をかけ、英語学習の全行程を全うできるためには、どのようにすればよいのでしょうか。今日は、一人の日本人である私自身の経験を振りかえり、発音と文法と語彙の相互連関を探り、あるべき学習法に向かうためのヒントを探ってみたいと思います。最初に文法の重要性を証明する基本エピソードを取り上げ、ついで発音の学びの有効性を証する基本エピソード、そして最後に語彙の学びにヒントを与える基本エピソードを取り上げます。そしてその後は、これらの応用編として、私自身の英語の学びの深まりを示すエピソードを、ジグザグに追ってみたいと思います。

ただ、その前に、日本人として、相当に注意しておかなければならないことがあります。それは、学校での英語の学びにはいくつかの問題点があるということです。その一つは、英語の発音教育の軽視、あるいは、人の肝を冷やすような、極端な冷淡さです。英語の発音が難しいのは、さすがに文部科学省もよく分かっていて、相当の予算を組んで、英語のネイティヴスピーカー、もしくは英語に堪能な外国人のALTを、各自治体の教育委員会を通じて雇い、各小学校や中学校に配属し、発音指導はもっぱら彼らに頼る姿勢が見られます。児童・生徒たちは外国人の顔を見、耳でその英語に触れ、大いに興味を掻き立てられることは確かです。彼らを通して、外国のにおいをかぐことも出来るでしょう。また、多くの児童・生徒は、その発音を真似たいと思うでしょう。けれども、毎月一度か二度くらいALTの先生にきてもらって、40人学級のクラスサイズはそのままに、10分か20分程度の発音指導を仰ぐ程度で、日本人学習者の英語の発音が目に見えて上手になるほど、英語の発音は甘くありません。また、せっかくだからと言って、ALTの先生に英語の文法を教えてもらっても、肝心の説明が英語だと、理解はおぼつかないかも知れません。また、多読の効用、辞書の引き方、などに対する指導も、必ずしも十分とは言えないようです。こと英語教育に関する限り、文部科学省の目標は、ほぼすべてが絵に描いた餅になっており、理想と現実の乖離が大きすぎます。彼らの理想を実現するには、思い切った改革が必要です。たとえば、予算を百倍くらいに増やし、手法を以下のように、抜本的に変えてみてはいかがでしょうか。

たとえば、6か月間は発音教育に集中し、10~15人くらいのクラスに、ネイティブの先生が、毎日1時間特訓する、というくらいでないと、日本語的発音は日本人の口から消えてくれません。英文法も、例えば文型をきちんと教えるには、その基礎となる八品詞の機能について例文を用意して詳しく説明し、文の要素である主語、動詞、目的語、補語、文の非要素である修飾語句、などについて、それぞれの働きと連携を、例文を豊富に併用しながら、最低でも6か月間、みっちり教えるのでなければ、とても身に付きません。また、語彙の学習には、紙の辞書を使わせ、およそ1500語の基本単語の使い方を、豊富な例文を使って徹底的に学ばせ、併せて物語など、文脈のつかめる教材を多く学ばせ、各単語の生きた姿に毎日触れさせるのでなければ、社会に出て、生き生きと英語を話すようにはなれません。では、塾は頼りになるでしょうか。塾は、もっぱら難関校への進学指導しか考えていません。英語に関しても、出題されやすい文法や読解を中心とした問題に集中し、相当に手厚い試験対策を施しますが、受験生の使う英語に命を吹き込むことは、考えもしないし、出来もしません。彼らにできるのは、時間を区切って無理やり多くの単語を覚えさせたり、難しすぎる問題を次々に解かせたりして、受験生を志望校に入学させることです。しかし、その代償に、英語コンプレックスという悲しい心理的トラウマを、生涯、背負わせることになります。

脱線が過ぎたようです。本題に戻りましょう。

① 文法への目覚め:初心者を襲うカルチャーショック

私は中学2年生の時、英語につまずきました。生まれて初めて英語を学んだ私は、最初は新鮮な気持ちと期待に胸を膨らませ、学校の先生からしっかり英語を学び、帰宅してから教科書を音読し、単語や文を覚えようと努力しました。ところが、2年の後半になると、be動詞やhave 動詞の過去形を学び、人称変化を学び、人称と語形変化の連動を学びます。ほかにも、理屈抜きに、様々なことを暗記させられます。例えば、疑問文は語順が変わり、未来のことを言うのに shall やwill が使われ、be動詞+現在分詞=現在進行形、とかhave 動詞+過去分詞=現在完了形、と言った理屈に合わない「時制」が登場したり、名詞の後ろではなく前に前置詞なるものが置かれ、前置詞句を形成したり、文と文をつなぐのに関係代名詞が使われ、複数の疑問代名詞や疑問副詞が使われ、いくつもの接続詞が使い分けられたり、to不定詞、現在分詞の名詩的用法、過去分詞の形容詞的用法が、矢継ぎ早に紹介されるに及んで、学習者はついに、何を中心に、いかなる枠組みのもとに、文の諸法則を整序すれば、巨大なジグソーパズルが解けるのか、さっぱり分からなくなり、パニックになって、学習者の向上心は空中分解するのです。

日本の学校教育では、中学2年から、高校1年くらいにかけて、こういった文法事項が次々に、無差別爆弾のように、若い頭脳に襲いかかり、それがなければ高度な学習の可能性を秘めているはずの多くの日本人の心を、著しく傷つけ、損なうのです。私も、この段階で、心が深く傷つくような、深刻な挫折を味わいました。そこである日、意を決した私は、自転車で隣の町へ行き、駅前の書店で、一冊の参考書を買い求め、何日もかけて、すべてのページを、一字一句ゆるがせにすることなくノートに書き写し、無論、各課の説明を何度も読み、その都度、練習問題を解き、自己採点しました。最初は3割も合いませんでしたが、何度も解いているうちに、満点が取れるようになりました。

同じ書店で、薄い中学生用の英和辞典も買い、辞書を引く癖を付けました。これらの努力が実り、中学3年生の前期には英語の力は確実に回復し、二度と後れを取ることはありませんでした。しかし、それには次項で取り上げる英語の発音に触れる体験が大きくかかわっています。発音は聴覚を通して学びます。そして聞いたとおりに真似て発音することによって、聴覚と連動している発声器官を、間髪を入れずに動かし、呼吸と発声を、正確無比にコントロールすることを学びます。つまり、英語の本物の発音に触れることで、英語の意味を音声に落とし込んで、肉体的に会得できた時の自信と、英語によるコミュニケーションが、確かにできたときの、何とも言えない幸せな気分、一種の醍醐味が、その後何十年にも及ぶ地道な英語学習を下支えする力になるのです。

 

② 英語発音の特異性:ラジオの「英会話」を通じて、実際の英語の響きに接し、感動を覚える

英文法の学習が終わり、英語に自信がついてきたころ、私は、NHKの「英会話」のテキストを買って、毎朝、15分間、ラジオでの講義に耳を傾けるようになっていました。松本亨先生の英語のとりこになり、その発音のすばらしさに心酔しました。多分、高校2年生まで聞き続けました。高校2年の後学期の頃、兵庫県北部の英語弁論大会――実際は、英語スピーチの暗唱大会――に出場して優勝しました。高校3年生になると、九州への修学旅行で長崎の平和公園を訪れた際、そこにいた米軍兵士の一人に話しかけてみました。思いのほかスムーズに英語が通じ、大男の水兵としばらく話したのち、彼が自分の隣にいる上官に話してみるよう勧めたので、短いつばのある帽子をかぶった海兵隊の司令官と思われる人物に向かって話しかけました。彼も親しく応じてくれました。英語の腕試しに話しかけてきたことは彼にもわかっていたので、一般に米国人は、普段、5000語くらいを使って話をしている、だからそのくらいをまず覚えるといいよ、とアドバイスをしてくれました。そばに付き添っていた日本人の通訳が、私の英語を誉め、 /æ/ の発音も正しい、と言ってくれました。こうして、NHKの放送で学んだ英語が何の苦労もなく、普通に通じる、という体験をさせてもらいました。

 

③ 語彙学習と多読:初級英語の読み物、中級英語レベルのO. Henry の短編小説「最後の一葉」(The last leaf)、その他を読む

高校では、易しい英語で書き直されたガリバー旅行記を図書館で借りて読みました。その後、夏休みには、O.Henryの「最後の一葉」(The Last Leaf)を読みました。ガリバー旅行記は30ページほどの薄っぺらい読み物で、文字も大きめに印刷してあり、イラストまであり、いかにも子供向けにできていました。当然、英語も易しい限りだったはずです。ところが、私はいたるところで頭を抱えました。分からなかったからです。辞書を何度も引き、知らない慣用句のせいだった、と気づきました。少し文が複雑になると、構文が分からずに、先へ進めなくなることもしばしばでした。中学生用の辞書を使っていたので、説明が不十分だったり、そもそも辞書に取り上げていない語や句もあったはずです。特に、O.Henryの「最後の一葉」では、辞書はほとんど役に立たず、巻末の注釈に頼りっぱなしでした。しかし、何とか最後まで読み通し、物語の筋に大いに感動し、何とか全文を日本語に翻訳しました。高校2年生になると、Charlotte Bronte の「ジェーン・エア」(Jane Eyre)の書き直されたものを読みました。原作を何分の一かに縮めた少年少女向けの本でしたが、文学の香りのする、優れた英文で書かれていました。この170ページほどの小説を、3度ばかり読みました。高校3年になると、夏休みにマーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」(Gone with the Wind)を読みました。この本は図書館にはなく、友人が神戸かどこかへ行ったついでに、買い求めてきてもらったのです。1000ページほどのペーパーバック本を、毎日40ページほど読みました。辞書を引いている暇はなく、どんどん読み進めました。この小説は中学生の時、すでに翻訳で読んでいたので、あらすじは分かっていました。辞書を引かなくとも、ある程度までは描写を理解し、物語の展開を楽しめるところまで英語力は付いていたので、後から振り返ってみると、多読の練習になったかもしれないと思います。多読の効用は、多くの語彙を自然に吸収するとともに、英語をどんどん読むことで、英文法の知識を完全に咀嚼し、骨肉化できるところにあります。五文型も品詞も複文も重文も分詞構文も強調構文も仮定法も、その他のいかなる文法事項も、実例に即して確認し、かつ、多くの類似の例に触れることで、文の一般的なルールという、いわば英文法の幹線道路を、一人一人が、自分の内部に貫通させてゆく作業が、必ず、ある段階で必要になるのです。その目的に適う、格好の英文テキストの一つが、あまり細部に気を使う必要のない、しかし人を飽きさせない、このベストセラー小説だったのです。そして、この経験をベースに、今度は、より文学性の高い小説を何冊か読むことで、わたくしの英語力は、確実に向上したと思います。

④ 英文読解と精読:受験参考書である英文解釈の参考書で、難解な英文に挑戦する

多読の効用を述べた後は、その反対の精読の効用について触れなければなりません。私の場合、よく売れている英語の参考書のうち、英文解釈で評判の高かったある本が非常に気に入りました。その本は、構文の分析の仕方が明晰で、複雑な構文が非常にわかりやすく説明されていました。ほとんど芸術的ともいえる鮮やかな手際で解説されているのを、かみしめるように読むのが、自分の英語力の向上にとって何よりも有効であったと確信しています。知的に書かれた短い英文の構成力の高さ、それを丁寧に読み解くのに応用される文法知識の有効性、解読技術の確かさ、などが私をすっかり魅了しました。どんなに難解な英文でも攻略できる、という確信を得ることができたという意味において、高校時代に読んだ、この参考書は大きな意味を持っていました。このような知識と技法は、後に自ら英語教師として教壇に立ってからも、常に役立ちました。直ちに明晰な説明を求められる待ったなしの状況の中で、自信をもって、確実に結果を出すことができたのは、受験参考書で培った分析力と解釈力が身についていたからでした。

大切なことは、このような体験を核にして、後に様々な英文に挑戦することです。私は、大学の2年生の時、T.S. Eliot という詩人・批評家・劇作家に出会い、その良質の散文のダイヤモンドのようにきらきら光る文体の美しさにすっかり魅せられました。当時、T.S. Eliot はノーベル文学賞を受賞した現代詩人として知られ、日本でも荒れ地派の詩人に影響を与えていました。世界の英米文学界でも、第一級の創作家であると同時に、飛ぶ鳥を落とす勢いを持つ批評家の一人でした。彼の代表的な評論をいくつか集めたテキストが大学の教科書として使われていたのです。物事を深く、本質まで見通して考え抜くことのできる一流の頭脳に触れることができたのは、高度な英文を明瞭に読みほぐす、知性的な英文読解技法に、生まれて初めて出会った、あの原初的経験が、私の核にあったからでした。

⑤ 英詩を読むことの効用:英語を「しゃべる」レベルから、英語を「生きる」レベルへ

散文の大家であるT. S. Eliot は、自身すぐれた詩人でもありました。と同時に、彼は評論でも当代一流とみなされていました。ですから彼が、シェイクスピアの四大悲劇の一つである『ハムレット』を、「芸術駅な失敗作である」と言い放ったときは、世界に衝撃が走りました。彼が30歳そこそこで出版した評論集に所収の一エッセイの中でのことでした。しかし、それから10年以上たってから発表された別の評論集では、それを訂正するような発言も見られ、『ハムレット』の第一幕第一場に限った別の評論では、シェイクスピアが『ハムレット』を書くころには、シェイクスピアも無韻詩の使い方が自由自在になってきて、あるところでは散文と変わらない透明性を示し、別のところでは、韻文ならではの緊迫した雰囲気を盛り上げることもできるようになっていたのだ、というような、シェイクスピアの芸術を高く評価する、具体的な指摘がなされています。

それまで、わたくしは、小説の散文の魅力もさることながら、誰もが知っているような英詩の、どこがそんなに素晴らしいのか、是非とも学びたいと思い、いくつかの詩を読み始めていました。例えば、Wordsworth の「ラッパ水仙」(The Daffodil) を初めて読んだとき、すでにその良さを、かなりの程度、味わうことが出来ました。体験としては、日本の短歌や俳句の良さを学ぶのと似ています。たとえば、西行法師の「こころなき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」を読む場合と同様、その独特の韻律に身を浸し、詩行に沿って繰り出される風景描写と、それにまつわる思いを、一行一行、順番に、その中身もしっかりと理解すれば、詩人の心の体験が、総体として、そのまま自分の心にも入り込んでくるような、感覚を味わうことが可能です。それは、西行であれ、Wordsworth であれ、一人の類まれな詩人の命を生きなおす体験です。

英詩を読むことの効用は、優れた英語で書かれた、優れた詩作品の中に入れば、それを書いた詩人の魂に、じかに触れることができるということです。言い換えれば、英詩に書かれている英語を、そのまま素直に読むだけで、詩人の魂を生きることができるのです。そして、これが自在にできるようになれば、多くの詩人の魂に触れるだけでなく、多くの作品の魂にも触れることができるようになる、ということです。英語において、これができるようになると、英語は単に日常のコミュニケーションに必要な便利な道具だ、という一面的な考えは消し飛んでしまいます。英語は、人とのコミュニエーションのための便利な道具であると同時に、自分を錬磨し、ときには、必要あって、自分の魂のありかを人に伝える手段でもありうる、ということを学ぶのです。

私は、上掲の、T.S. Eliot の円熟期の評論にひかれて、シェイクスピアの四大悲劇の一つ、『ハムレット』の、言語芸術としての側面に俄然目覚めていきました。じつは『ハムレット』は大学の2年生の夏休みにすでに一回読んでいました。COD(Concise Oxford English Dictionary)を引きながら、研究社の沢村虎次郎の対訳版を、夏休みを丸々使って読んだのですが、さっぱりその良さを味わうことはできませんでした。こんな作品のどこが良いのだろう、と首をひねったのです。人生経験の少なさと、英語力の絶対的不足――特に、後者が原因でした。

大学の3年生の前期にシェイクスピアの『テンペスト』を授業で学びました。毎年、英文科の学生は、教育学部の英語教育専攻の学生たちと合同で、3年生の前期に学んだシェイクスピア作品を、後学期の間練習して、4年生の4月に英語で上演するしきたりになっていました。戦前からの伝統でした。配役から、宣伝、衣装、小道具、舞台装置、音響、照明まで、全部担当部署を決めて、完全に学生主導で上演までもっていきます。一度か二度ほど、英文科の先生方に稽古を見ていただき、感想や助言をいただく機会があるにはありますが、学生たちは全く頼りにはしません。

私にとってほとんど運命的だったのは、合同の会議で、お前は背が低いから主役は無理だ、演出をやってくれ、と言われて引き受けたことです。面白いことに、ケンブリッジ大学の演劇の専攻学生を使って録音したシェイクスピア劇のレコードが研究室にたくさんあり、その中に『テンペスト』も『ハムレット』もありました。私は、演出をするからというとことで、特別に借りることができました。下宿のレコードプレヤーで何度でも気のすむまで聞くことができました。

『テンペスト』を初めてレコードで聞いてびっくりしたのは、英国発音の特別の明瞭さと気品と迫力でした。ドラマの圧倒的な魅力が、レコードから聞こえるその音声に、ぎっしり詰まっていました。それまで、アメリカ英語のリンガフォンに心酔して、何百回も聞いていましたが、この時を境に、もはやアメリカ英語を聞いている場合ではない、と百八十度方向転換しました。

『テンペスト』公演は大成功でした。2000人収容できる市内のホールを借り切った公演は、市内の高校生たちがこぞって詰めかけたため、二回とも全席が埋まる盛況でした。しかし、ここからが本当の勝負の時でした。一つには、大学院に進学することでした。その前に卒業論文を書かなければなりませんでした。2年の夏休み『ハムレット』を読み、2年の後学期に『マクベス』を授業で読んでいたので、卒業論文には『オセロー』を取り上げることにしました。図書館でアーデン版の『オセロー』を借り、毎日図書館に通って、詳しい注を全部読みながらどうにか読み上げ、それから後学期にかけて卒論を書いていきました。この時、まだタイプライターを買っていなかったので、普通のノートに手書きで書いて、先生に提出しました。それでも文句を言われることなく、むしろ、内容が立派だとほめてもらいました。

さて、英語の学習にかんしては、大学院に進学してからの方が大変でした。中国・四国・九州一円の諸大学から、優秀な人たちが集まってきました。戦前の伝統が色濃く残っているところでした。入学と同時に内部の専攻が決まります。私はシェイクスピア専攻でした。ほかにチョーサー専攻、ディケンズ専攻、ワーズワース専攻、米文学専攻の先生方がいらっしゃいました。そして、修士の1年生から博士課程の3年生まで、それぞれの先生方の講義を全員で聴講し、毎回誰かがその週のその先生のテキストの予定個所を下調べし、授業では、先生と残りの学生が、その担当者の発表に対して質問をし、それに担当者が責任をもって答える、というスタイルをとります。勿論、議論が分かれるときは、先生が自分の判断を下します。担当の学生は、ほとんど寝る暇もない位に徹底して下調べをしてこなければ、先生や学生から提起される様々な質問に対応しきれず、面目を失うことになります。

夏休みが始まってしばらくすると、地方の大学に勤めている先輩たちが大学に里帰りし、自分たちの卒業論文の指導教官の元に集まってきます。私も、英詩の専門の先生の講座の卒業生たちと、大学院の修士課程の在校生たちとを囲んだ読書会に参加しました。読書会は一週間ほど続きます。その間、毎日、午前中は読書会に参加し、午後は一緒にご飯を食べに行き、午後2時か、3時ごろに散会になります。読書会に取り上げられたのは、A.E. Housman の長編詩でした。Wordworth や Coleridgeにも有名な長編詩がありますが、Housman のものは初めてでした。先輩たちに後れを取るまいと、毎日、夜を徹して予習しました。けれども、どうしても二日続けて徹夜することはできませんでした。仕方なく、一日おきに徹夜して臨みました。研究社の大英和辞典が非常に頼もしく思えました。たいていの語はこの辞書で間に合ったからです。

読書会と言えば、英文科の大先輩の一人が、自宅を開放して、毎週日曜日に読書会を開いてくださいました。私も、英詩の先生のお弟子さんであり、市内からバスで通うことのできる大学で教鞭をとっておられたその先輩の読書会に参加するのが非常に楽しみでした。この先輩は、シェイクスピアのソネットを、毎回、三篇ずつ読み進むのをノルマにしておられ、毎回、そのようになっていました。2時間ほどかけて、三篇を読むのです。結構、議論百出して、時に紛糾することもありました。その先輩は、毎回、一週間をかけて、三篇のソネットを読み込んで、読書会に臨まれるのです。私たち大学院生たちは、数名がかりで、その先輩の読みに挑戦するのですが、いつも読み負けていました。毎回、思いもかけない方向から解釈をされるので、不意打ちを食らい、ぎゃふんと言わされるのです。理詰めの、しかし感性豊かな解釈が炸裂するたびに、私たちは、悔しいけれど、それを認めざるを得ない、という結果になるのでした。特に発音がうまいわけでもなく、語彙力が凄いわけでもなく、突飛な解釈をするわけでもないのに、内在する事実に曇りのない目を向ける間に、おのずと深い解釈が出てきて、直前まで、盲目同然であった私たちに披露されるたびに、私たちは自分の無能さを嘆くと同時に、その解釈のすばらしさに呆然とするほかありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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