曖昧母音って、何?
2021/04/13
曖昧母音の由来
曖昧母音って、何?
おなじ英語でも、明治の日本人と、現代の日本人とでは、聞こえ方がかなり異なっていた可能性があります。昔から日本語として使われているメリケン粉やメリケン波止場は、勿論、 American という英語に由来していると考えられますが、現代ではアメリカンコーヒー、アメリカンスクール、と表記されます。ほかにも、糸の一種で、昔よく使われていたカタン糸は、英語の cotton に由来するはずです。ところがご承知のように、現代では綿製品一般をコットンと呼びます。つまり、cotton は、昔、カタンと聞こえていたことを図らずも証明しています。ついでに、どちらが英語の実際の発音に近いかと言えば、勿論、明治時代の方です。
英語のカタカナ表記といえば、一つ面白いエピソードがあります。幕末から明治にかけて活躍したジョン・万次郎という人がいました。かれは、四国のある漁師の息子でしたが、14歳で初めて漁に出たとき、運悪く嵐で遭難し、仲間と一緒に鳥島に漂着し、やがて捕鯨船に助けられてアメリカにわたり、そこで教育を受け、日本に戻って幕府の役人に航海術を教え、福沢諭吉には英語の発音を教えたのですが、彼は仮名文字を使って、器用に英語の発音を教えました。例えばニューヨークのことを「にゅーよー」、鉄道のことを「れいろー」、日曜日のことを「さんれい」と教えたと伝わっています。今なら、girl のことを「ギャル」、unbelievable のことを「アンビリーバボー」と表記するようなものです。
さて、現代の英語教育は、どういう訳か、ますますつづり字発音になりがちです。アメリカンもコットンもホテルもミルクもそうです。そして多くの英語が片仮名で日本語に組み入れられてきました。環境アセスメント、コンプライアンス、損保ホールディングズ、などは勿論、外国の人名や国名も今日では片仮名表記が普通になっています。問題は、それがあまりにも普通になってきたため、日本語になっていない一般の英語まで、つい、カタカナでルビを振って安直に発音を覚えようとしがちな点です。でも、英語の発音を学ぶ際は、発音記号を介すべきだというのが、私の基本的な考え方です。
さて、その発音記号の中でも、日本人が特に苦手とする、ある発音があります。それは e をひっくり返した ə です。この記号は、「曖昧母音」と呼ばれる母音を表す記号です。これを英語では、"inverted e" と呼びます。文字通り、「ひっくり返された e 」です。ところで、この母音の正体はあまりよく知られていません。これは driver のer とか bird のir に対応する音なのですが、他にもactor の or や above の a に対応する発音でもあり、学習の的を絞りずらいのです。じつは、 先程の American も、最初のアルファベット a が曖昧母音で、ほとんど聞こえないため、日本人の耳から脱落したものと考えられます。ついでに言えば、-can の部分は、弱音節、すなわち強勢アクセントが来ない音節なので、キャンとか、カンではなく、母音部分を弱体化した音であるケン、もしくはクンに聞こえたため、全体は、メリケン、と表記されたのです。
母音と言えば、日本人なら、すぐさま五十音図を思い浮かべ、ア行の五つの文字をそのまま読み上げ、「それって、「あいうえお」のことでしょ?。超簡単!」と言って済ましてしまいます。でも、「これから、アでも、イでも、ウでも、エでも、オでもない母音を出す練習をしてみましょう」と言うと、途端に面食らって、何のためにそんなことをするのか、とお叱りを受けます。それが曖昧母音だからです、と言っても、日本人の彼らの舌は、依然として、こわばったままです。「あいうえお」のいずれでもない母音を音を出せと言われても、日本人はすべて、キツネにつままれたような気持になるだけです。
発音の勉強は実践と理論を組み合わせなければ、一ミリといえども、前に進むことはできません。押してダメなら、引いてみよ、という言葉もあります。回り道のようでも、理屈から行くと、道が開けてきます。そこで、英語の発音に挑戦する日本人が必ずぶつかる壁について、お話しておきましょう。日本語と英語では、発音のシステムそのものに、実は、超えることの極めて困難な、根本的な違いがあるのです。そして、曖昧母音は、その根本駅な違いに気づくための、突破口の一つになりうる、とわたくしは考えています。
そもそも、日本人には、「曖昧母音」という名称は、雲をつかむような、あるいは信用しがたい、と言った印象をまずは与えてしまいます。元来、日本語は、ア行からワ行に至るどの音も、放送局のアナウンサーに聞くまでもなく、はっきり発音することが当たり前の言語です。音節が一個一個、極薄の壁によって隔てられ、それらが一万分の一秒の誤差もなく、きちんと等間隔で並んでいる言語です。ですから、いやしくも日本語母語話者なら、「曖昧」などという母音には、金輪際、用などない、と言い放ちたくなるのです。でも、事実を言えば、曖昧母音のおかげで、英語は英語らしさを保持し、万事、丸く収まっている言語なのです。なぜなら、この母音は、他では間に合わない、ある死活的に重要な調整機能を担っているからです。
ただ、その機能の説明に入る前に、英語の音節の構造をおさらいし、今一度、確認しておく必要があります。曖昧母音はそこに深くかかわっているからです。英語の音節の要点はこうです。音節は、その単語に含まれる母音の数だけ存在します。子音は数に入りません。しかし、子音にも音節の構成にかかわる重要な働きがあります。そこで、ついでに、子音の機能を見ておきます。
子音は、母音を一つの部屋に見立てるなら、その部屋の中身、すなわち母音で満たされた空間を、前後に区切る間仕切り壁の役割を果たします。たとえば、/æ/ という母音を取り上げて考えてみましょう。この音に対応するアルファベットの a は、単独では不定冠詞の a として使われますが、それ以外の無数の単語にも使われます。例を挙げれば、アルファベットの c とt を前後に配すると、cat となり、「猫」という意味で使われる単語になります。cat では、まず、アルファベットの c は/k/ と発音されます。そしてアルファベットの t は /t/ と発音されます。こうして、/k/ の音と /t/ の音とが /æ/ の音を前後から挟むことで、/æ/ の音を他の音から区別し、一個のカプセルに封じ込めると同時に、囲った中身を際立たせます。子音は、 /e/ や /u/ や /o/ とは異なる母音である/æ/の音を、他と区別し、その音声的な性質を際立たせる働きをします。
子音の働きはそれだけではありません。/k/や /t/ 以外の発音を持つ子音がほかにも沢山存在し、それらが、同一の/æ/ の音を内包する、別の単語の形成に関わります。例えば、t の代わりに p を使えば cap が、c の代わりに h を使えば hat が、できます。同様にして、 cab や rat という語も出来上がります。ここで働いている原理は、同一の母音の前後を、異なる子音の組み合わせが囲むことで、互いに異なる意味を持つ、別々の単語を生み出すことができる、というものです。また、全く逆の原理も存在します。子音の枠組みを変えずに、中の母音だけを変えても、異なる単語が生み出されるのです。例えば、last の母音を変えて、lust とか、list とか、lest とか、leastとか、lost にすれば、別の単語が出来てきます。純理論的には、子音と母音の組み合わせの数だけ、異なる単語を作り出すことが可能なのですが、言語的に重要なことは、それらの組み合わせが単語の最小構成要素である「音素」を作り出していることです。
そして、異なる「音素」を表記するのが、アルファベットの役割です。音とアルファベットは、ここにおいて協働し、その結果、各音素に対応するフォニックスというものが生まれます。アルファベットの特定の組み合わせが、特定の音素を含むフォニックスを生み出し、スペリングと音節がぴたりと一致する単語が完成します。そこで、フォニックスは、英語母語話者たちにとっての五十音図となり、彼らは、小学校に入学すると同時に、フォニックスを介して文字と発音を結び付ける訓練を受け、英語を「読む=音読する」ことが可能になるのです。
さて、本題に戻りましょう。曖昧母音の本質は、母音の一般的、構造的な、弱体化の法則と深く関係しています。曖昧母音は、英語の音節のもう一つの特色、すなわち、多音節語のいずれかの音節に、必ず割り振られることになっている強音節の、対極に位置付けられるべき存在なのです。
では、そこに働くメカニズムを見ていきましょう。第一のポイントは、英語では、強勢アクセントが猛威を振るうということです。その結果、弱音節である残りの音節は、自動的にその支配下に置かれます。見方を変えれば、こうも言えます。君主である一個の強音節を際立たせるのは、家来である複数の弱音節たちである、と。
たとえば、multitudinous という語は、mul-ti-tu-di-nous というように五つの音節に区切れます。強音節は tu という三番目の音節です。三番目の音節が他の音節より強く発音されることで、他の音節はそれを目立たせるための「地」になるのです。mul も、 ti も、di も、 nous も、自動的に曖昧化することで、強音節である tu の発音を際立たせ、この単語の全体像を、聞き手に強く印象付けるのです。言い換えれば、強化と弱化という二つのベクトルが、mulitudinous という語のトータルの発音を、演出された相反的緊張の中に維持し、からくも保たれるバランスへと、聞く者の注意をより強く喚起することで、互いに協力しながら、強烈な自己アピールを展開するのです。
そもそも、強弱は相対的な概念です。ある音節が別の音節よりも強いか弱いかは、それらの音節を同一線上に配置して、互いに比べることで、自動的に明らかになってきます。与えられた一語に対して、人間の耳が、その語を構成する各音節の相対的強度を瞬時に認知するのです。ところが、このシステムの意味は、日本人にはそもそも全く理解できません。日本語は、文字通り、きちんと等間隔に、音節が配置される言語だからです。「顧問」と「校門」、「処置」と「招致」、「インド」と「引導」、などがその一部である、無数の同様の区別場合のように、短音(=音節一個分の長さ)と長音(=音節二個分の長さ)の整然たる区別を前提にして成り立つ言語から見れば、特定の音節を他よりも何倍も強く発音することが許されるばかりか、そのことで一単語内の音節間に持ち込まれる強弱の相対的区別に加えて、音節の長短への、全く恣意的な区別さえ持ち込み可能な、英語という言語システムには、いかなる理解も共感も寄せることはできない、となるのは、至極当然だということです。
実際、曖昧母音は、私の知識の及ぶ限り、英語にしか存在しません。たとえば、フランス語を見てみましょう。日本語同様に、強勢アクセントを持たないフランス語では、どの母音も同じ一票を行使する平等な市民として存在します。「可能な」という意味で使われるフランス語の possible は、スぺリングは英語と同じですが、発音は「ポシーブル」と聞こえる発音をします。しかし、英語では「ポッスブゥ」というように聞こえます。「シ」が「ス」に聞こえるのです。これは、二音節の語なので、「ポ」か「シ」のいずれかが強く発音されます。実際は「ポ」が強いので、「シ」は相対的に弱くなり、脱力して、スに近い音で発音されます。脱力によって自らを日陰者にし、逆に「ポ」を強く発音することで、そこにスポットライト当て、この単語を、このように音声的コントラストによって際立たせ、全体として、より高レベルの認知を、可能にしているのです。
ところで、実は、曖昧母音は二つの顔を持っています。一つは、上の例のように、多音節語の弱音節が脱力化の影響を受けて曖昧化する場合です。もう一つは、first や girl などのように、単音節語の中で使われたり、purpose や certainly などのように、多音節語の第一アクセントに使われる曖昧母音の場合です。後者の場合、曖昧母音は長母音化します。日本語でも、「ファースト」や「ガール」と表記されることからも確認できます。
曖昧母音は、日本語の「あ」「い」「う」「え」「お」の中では「あ」の音に最も近いのですが、そもそも英語の「あ」は五種類の異なる発音記号で区別される音を持っています。日本語の「あ」に相当する五種類の英語の母音は、like 、lack、luck、lurk、lark の中に一個ずつ含まれています。この五個の語のうち、 lurk に含まれる母音が長母音化した曖昧母音です。発音記号では、 /lə:k/となります。この曖昧母音は、「ウー」を言うときの口のまま、舌では「アー」を言えば、それに近い音が出ます。この音は、口の筋肉の動きを確認しながら、その慣れない音を耳で聴き分け、その音になじみ、親しむ、長期の訓練を経て初めて、自分のものにできます。
もう一つの曖昧母音、すなわち、多音節語の中の母音が弱体化した、自動的脱力音は、日本人にとって、さらに難しい音です。これは脱力化に完全に慣れるとき、自然に身に付く音です。ですから、一つの単語の中で、強い音をしっかり強く発音することで、反動的に他の音を弱く短く発音する癖を身につけることが先決です。口内筋肉の瞬発的な緊張と緩みを繰り返す厳しい努力を通して初めて可能になる音です。例えば、competance は「コ/ン/ピ/タ/ン/ス」と六音で発音するのではなく、二音で、前半を強く後半を弱く、「コンぺ/トゥンス」に近い発音になります。
この曖昧母音は、実は、単語レベルだけではなく、文レベルでもどんどん出現します。例えば、「少しだけです。」という意味で、A littel bit. と言ったとき、最初の A は不定冠詞ですから、元々曖昧母音です。つぎの little は「レトゥ」に近く発音します。i は「イ」と「エ」の中間の音で発音します。そして、である bit は、「ビット」と発音してはなりません。むしろ、「ウ」の口で「エ」を言いながら、「べッ」と短く発音します。
こういうわけで、実は、単語レベルの強音節と文レベルのイントネーションをマスターして初めて、曖昧母音はようやく、全面的に、完成の域に達するのです。ちょっと気の遠くなるようなお話になりましたが、オンライン英語講座「EasySpeak English」の初級では、英語の発音とイントネーションの基礎を、各種の英文法事項とともに、学ぶことができます。そして、中級や英会話の初級、中級、上級に進み、英語が自由に読め、かつ話せるようになるころには、発音もイントネーションも、自然にうまくなっていきます。ですから、本当に、安心して受講されますよう、ご案内申し上げます。