英英辞書を使う意味について
2021/03/07
英英辞書ってどんなもの?
英英辞書にたどり着くまで
昔、POD(The Pocket Oxford Dictionary)という辞書がありました。私が学生時代に使った経験のある、オックスフォード大学が編纂した英語辞書です。この辞書は、元来OED (Oxford English Dictionary)という世界最大規模の辞書を携行可能なポケットサイズに縮小したものです。もう一つCOD (Concise Oxford Dictionary) と言って、やはりOED の縮小版としてよく使われていた姉妹編も売られていましたが、これはPOD よりサイズも収録語彙数も一回り大きい卓上版でした。
さて、POD は全編、英語で書かれた辞書です。当然の話です。でも、当然とは言えないあることがきっかけでこの辞書に出会うことができました。昭和36年、すなわち、私が大学の文学部の英語英文学科に入学して2年生に進級したある日の、ある先生から「君たちはもう二年生になったのだから、PODを使いなさい。」と言われたのです。
そんな辞書があることすら知らなかった私は、早速、広島市内の丸善に行ってPOD を買い求めました。他の同級生も多分、その忠告、というよりも命令を、受け入れたはずです。実は私の場合、すでに研究社から出版されていた英英の辞書を使い始めていました。ですから、英英辞書であるPOD への移行はそれほど苦痛ではありませんでした。
でも、なぜPOD なのか?その先生は多くを語らず、「なぜ」よりも「どのように」を強調されたのをはっきりと思い出します。その先生によれば、戦前の学生たちは、毎日POD を競争で引きまくったのだそうです。辞書は引くのは当たり前です。でも、その辞書の引き方には、現代の感覚では異常にしか見えないものがあったのです。先生によれば、彼らは、毎日あまりに回数を多く引くので、やがて辞書の腹の部分が手垢で汚れ、黒ずみ、手の油も加わってねっとりと固まり、とても引きずらくなるのです。そこである専門の業者に頼んで、縦の余白を1ミリほど切り落としてもらい、再び真っ白になったのを喜んで引き始めるのです。しかし、そのうちにまた同じように黒くなるので、また少し切り落としてもらいます。これを何回か繰り返しているうちに、余白はもうなくなり、印刷された文字のギリギリのところまで迫る、という恐るべき「競争」エピソードを、笑いながら話されたのをよく覚えています。
POD はコンパクトサイズですが、私の実感から言えば、相手にするのに少しも不足はない、と思える辞書でした。この辞書の凄いところは、一切の妥協がない、ということです。一ページにどれだけ中味を詰め込めるかが、コンパクトサイズの勝負どころです。省略できる部分は徹底して省略し、語義説明の語数は最小、しかし説明の確度は保証する、というものでした。どの単語を引いても、その説明はピンと張り詰めていて、「どうだ、私が使いこなせるか?」と、挑戦を受けているかのような感じの辞書でした。知らない言葉を知りたくて引くのが辞書ですが、英英辞書では、それを別の英語を使って正しく説明するか、類似の単語や語句で置き換えたのを、なるほどそうかと即座に理解するのです。例えば、 red という語を引くと、「赤」とか「赤い」とかの日本語が書いてあるはずもありません。プリズムを通して光を虹のように分光すると、人間の目が知覚できる色のうち、波長の最も短い色がそれである、などと言った科学的な説明が、過不足なく、普通の散文で書かれているのです。
初心者が英英辞書を引くとき困るのは、説明の英語の中に、別の難しい語が沢山出てくることです。英英辞書を使うということは、それらを同じ英英辞書で、同時並行的に引くことになります。すると、それらの複数の語の説明にもまた、わからない語が幾つも出てくる、という具合に、知らない語が累積し、収拾がつかなくなります。私も、引き始めの頃は、いくつかのページを指で抑えながら、必死に、複数の語を同時並行で参照しました。これは英英辞書を引くものが、決して避けて通れな関門なのです。
一見、無駄な堂々巡りのようですが、実はこれには深い意味があります。このとき、何が何でも突き進むことが大事です。そして、絶対に日本語の助けを期待しない、という自己暗示、もしくは涼しい諦念の上に立ち、まるで修行僧のように、来る日も来る日も押し通してゆくのが英英辞書を引きこなすコツなのです。一般に、辞書の編纂者は、同時にすぐれた学者でもあるのが普通です。まして、オックスフォード大学の辞書ともなれば、説明の英語はその精度と透明性において、超一流です。その説明の英語に一日中浸るのが、実は最短の、そして最も効果的な、英語習得法であることを、大学の先生は、私たち学生に、理由ではなく、実践で教えられたのです。英英辞書とは、英国人が自国語を知ろうとして引く辞書です。つまり、英語が母国語である人が使うことを前提にした辞書なのです。その説明は、英国人に共通の意味理解の回路を使って、彼らが最短で、正しい意味を確認できるように、細心の工夫が施されています。
私は、この少々手間のかかる作業を続けて3年ほど経過したころには、POD にもすっかり慣れ、逆に、普段ご無沙汰している英和辞典を引くのがおっくうになったのを覚えています。英和辞典は、説明ではなく訳語が出てくるので、どうしても日本語に目が留まります。その瞬間、英語で考える時間が途切れます。そして、日本語の訳語は、ほとんどの場合、本来の意味と微妙にずれた意味を伝えてしまうのです。和訳作業に使う分には問題ありませんが、英語学習には問題が付きまといます。微妙なニュアンスが捉えきれないのは、問題です。
ですから、英語学習者は、できるだけ早い時期に、英英辞書を引くことを覚え、英単語の説明を英語で読み、そのまま英語で理解する英語漬けの時間を、毎日一定程度確保することが、極めて大事なのです。英語学習は、乱暴な言い方をすれば、超一流の英語を、超一流の辞書を引きながら読んで行くのが理想です。勿論、自分にとって難解な英文を読むときや、それを和訳しなければならないときには、ウェッブ上の辞典や研究社のリーダーズ英和辞典、または同社の大英和辞典のお世話になるのが現実的です。辞書は元来、時と場合に合わせて、様々な辞書を使い分けるのが良いのです。
でも、もう一度話を戻して、超一流の英語、すなわち誰が見ても模範的な英語を、英語のみずみずしいニュアンスを満載したその英語を、そのまま、日本語の回路を迂回して、100パーセントの精度で理解し、それを味わい、思考にふける訓練がなぜ、それほどに大切かと言えば、現実のリアルな場面で、人と英語で相談したり、道案内など、その場でとっさに人助けをしたり、交渉事で、こちらの思う方向に少しでも相手を動かしたいとき、通訳に一切頼ることなく、自己責任で相手に立ち向かうことができるようになるからです。現実において人は、必要なとき、必要な語が、間髪を入れず、すっと湧いて出てくるようでなければ、まったく勝負になりません。もし自分の知らない言葉を相手が使ったら、その意味を素直に尋ねます。鋭く、正しい質問は、常に正しい議論の一部だからです。
さて、苦労して英英辞書で覚えた語は、一生、絶対の自信をもって使うことができます。それは、語義の正体に関する、冷静で科学的な説明がなされているのを読むことで、たとえ読んだ先から、言葉自体はきれいさっぱり忘れられても、その語のもつポテンシャルは、人間の意識を超えたどこかに、鮮度を保って保存されているからです。勿論、時間がたてば、以前に覚えた単語の意味がよく分からなくこともあります。それはたまたま定着が不十分だったのです。その時は、同じ単語を何度でも引き直してよいのです。また、何かの拍子に、別の語に疑問を感じれば、躊躇なくそれも引く、というようにします。こうすることで、英語学習は着実に前進します。本を読めば、知らない単語が幾つも幾つも出てくるのが普通です。ですから、英語辞書を引く私たちの作業に終わりはありません。
現代は、幾種類もの英語の辞書が収録されている電子辞書や、インターネット上の便利な英和・和英辞書を引くことができます。また、現代の代表的な学習型英和辞典は、20万語を超える語彙数の多いものや、豊富な例文を集めたものもあります。私の学生時代と比べて、英語の学習環境はがらりと変わりました。これらの辞典の特性と利便性をよく知ったうえで、初心者の方があるレベルに達したら、迷うことなくケンブリッジやオックスフォードの初心者向けの英英辞書に挑戦されることを、強くお勧めします。
初級、中級の方で、英英辞書を含む、英語の辞書に関する注意事項や、さらなる情報に関心のある方は、弊社のオンライ英語講座「EasySpeak English」の初級・中級コースのお試しコースの受講をお勧めします。お試し授業は、1~4回の範囲で、3月下旬から予約を承ります。お試し授業期間は4月一杯の予定です。オンライン英語講座のスタンダードコースは5月に開始予定です。少人数クラスやマンツーマンなど、カスタマイズドコースのご用意もあります。詳しい時間割は「株式会社国際遠隔教育設計」で検索し、ホームページをご覧ください。また、お申し込み・お問い合わせは、WEB上のお問い合わせフォーム、もしくは下記の電話番号、をご利用ください。