代名詞は日本語には存在しない
2020/12/12
代名詞は日本語には存在しない
英語の代名詞は必需品である。
私はある時ハッと気づいた。そうだ、日本語には代名詞は存在しないんだ、と。
何か、大発見でもしたような気分だった。でも、英語を学び始めて何年もたつ人でも、日本語に代名詞がないことにはっきりと気づいている人は案外少ないかもしれない。あるいは、逆に、英語の代名詞の不思議さにどこまで気付いているであろうか。
思い出してほしい。日本人は友人と長い時間しゃべっていても、お互いに相手のことを言葉に出さないでいることがあるのに対して、英語だと、何か一言しゃべるたびに、"I" や"you" を使うのが普通である。もちろん、「僕」とか「君」とか言って自分と相手を区別することはよくある。「僕はそうは思わない。」とか「君は何故そう思うの?」と言ったり、"he" や "she" に相当する言葉として、「彼」や「彼女」と言ったり、"it" の代わりに「それ」と言ったり、 "this" や "that" の代わりに「これ」や「あれ」と言う。だから、日本語にも代名詞は存在する、と考える人がいても少しも不思議ではない。学校の英語の時間にも、「日本語には代名詞は存在しません。」などと、生徒をパニックに陥らせるようなことは言わないことになっている。でも、このような微温的な「親心」は、英語教育ではかなぐり捨てたほうがよほどましなのだ。
しかし、英語の代名詞とはそもそも何なのか、多くの人はあまり深く考えないで来たのではないだろうか。英文法に言う代名詞は英語では pronoun である。proは「~の代わり(に)」と言う意味である。人称代名詞の基本である "I" を見てみよう。これは勿論、自分を指す言葉である。そして確かに、日本人は自分のことを「私」と呼ぶ。「ここは、私にお任せください。」「では、私にどうしろとおっしゃるんですか?」「私の知ったことか」などと言うので、"I" に相当する代名詞は「私」だと早とちりする人がいても少しも不思議ではありません。でも、この「私」の代わりに「僕」「俺」「あたい」「自分」「拙者」「手前」「おいら」「わし」「こちとら」を代入しても、これらの言い方はそれなりに成立します。これは一体、何を意味しているのでしょうか。日本語には自分を表現する代名詞が複数存在するのでしょうか。
ところで、もう一つ、英語の "you" はどうでしょうか。これも英語の試験に「あなた」と訳して正解だったので、英語の"you" に相当する日本語の代名詞は「あなた」だと思った人も多いのではないでしょうか。しかし、I want you to do something. (あなたにやってもらいたいことがある。)を和訳するとき、状況次第では、「あなた」の代わりに「君」「あんた」「貴様」「お前」「てめえ」「貴殿」「そなた」のいずれを使っても間違いではありません。つまり、 "I" や "you" に固定的に紐づけられて使われる決まった日本語、すなわち代名詞、は存在しないのです。逆に、相手への言及に使われるこれらの呼び名は、英訳に際してすべて "you" で統一してかまいません。
(確かに、これらの呼び名にはそれぞれ独特のニュアンスが漂っていて、使い分けされると、それぞれの文脈で日本語としての面白さが生まれるかもしれない。しかし、英語ではそれらのニュアンスは消失する。どうしても伝えたいニュアンスがあれば、何か別の手立てを考えなければならないのである。)