独立した子音の発音練習
2020/11/03
英語の子音は独立的に発音される
英語子音の独立性
英語の子音は独立的に発音される、とはどういうことでしょうか?
英語の発音を習得するにあたって、超えるべき大きな壁の一つに、「英語にない子音をどう学ぶか」という課題があります。例えば,th の音や f や v の音,あるいは l と r の 区別をどう学ぶか、という難しい問題があります。しかし、この課題に取り組む前に片づけておきたい問題があります。それは、「英語の子音は母音から独立して発音される」という厳しい事実に起因する問題です。しかし、「英語の子音は母音から独立して発音される」とは何のことでしょうか。それは日本人には意識化できない事実なのですが、この命題を裏返すと厳しい真実が浮かび上がってきます。つまり、「日本語では、すべての子音は母音と結びつく形でしか存在しない。」という事実が見過ごされているため、日本人の英語の発音は初歩の段階で成長が止まってしまうのです。一定程度以上に流暢にしゃべることも、きちんと正しく発音することもできないまま、自信を失って立ちすくんだり、日本人英語でなぜ悪い、とすねて居直ってしまほかなくなるのです。
これは大事な問題なので、もう少し詳しく見てみましょう。基本的な事実として、日本語では、/n/の音を除いて、すべての子音は「あ」「い」「う」「え」「お」のいずれかの「母音の頭」にくっつくことでしか存在できません。例えば五十音図のカ行を取り上げ、発音の実態を調べるために、「か」「き」「く」「け」「こ」をアルファベット表記すると、ka, ki, ku, ke, koとなります。同様に、ナ行はna, ni, nu, ne, no と表記することができます。/k/も/n/ も、また /h/, /t/, /m/, /p/, /s/, /z/, /g/ もすべて、/a/, /i/, /u/, /e/, /o/ 問う母音に支えられ、抱きとめられていなければなりません。独立では存在することができない、というのはこういうことを指します。ほかにも、濁音や半濁音についても同様のことが言えます。「ば」「び」「ぶ」「べ」「ぼ」は ba, bi, bu, be, bo というふうに、また「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」は /pa/, /pi/, /pu/, /pe/, /po/ と表記されるので、やはり /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ という母音の介添えが欠かせないことが判明します。
ただし、「ん」で終わる語は、 /n/ という単独の子音で終わることができます。例えば、「蜜柑」、「病院」、「探検」、「危険」等はそれぞれ mikan, byouin, tanken, kikenというふうにアルファベット表記されます。つまり、これらは例外的に /n/ という子音で終わります。ただ、面白いことに、日本語では「ん」には一文字を与え、一音節として勘定します。例えば日本人は、「みかん」は「み」「か」「ん」と三つの音からできていると認識します。しかし、英語のネイティブ話者は /n/ を子音として認識し、母音から切り離します。そして、母音とは独立的に扱うのです。例えば、pen は /p/ と /e/ と /n/ の三つの音からなり、母音は一つなので、この語は一音節の語であると認識します。これに対して、日本人は、pen=「ペン」と置き換えて考えがちなので、「ぺ」と「ん」の二文字に引きずられて「ぺ・ん」と二音にして発音しがちなのです。
ところが英語では、/n/ 以外にも、/t/, /p/, /k/, /r/, /l/, d/, /b/, /v/, /m/, /s/, /th/, /sh/ などの子音で終わる単語が驚くほど沢山あります。確かに、英語の単語にも、日本語と同じように母音で終わるものもたくさんあります。例えば buy, boy, America, tomato, go, do, so, radio, tea, low, cow, car, far などがそうです。しかし、英語のばあい、すべての単語の実に半分以上は子音で終わります。例えば、cat, dog, lion, bird, desk, hall, love, cream, shame, hat, lack などです。それがどれくらいの頻度で出現するかは、新聞でも雑誌でも小説でも、あらゆる英文で確かめることができます。
肝心なことは、これらの語末に来る子音は、それぞれの単語を「子音止め」にしているということです。つまり、日本語の多くの語のように、子音の後に母音がかかわってくることはありません。わたくしが「独立子音」と名付けたのは、そういう意味です。独立子音は、その後に母音の助けや介護が必要ではないのです。言わば、それらの子音は乳離れができていて、母音から独立しているのです。つまり、独立に、子音それ自体として発音されることを要求しているのです。この要求に日本人は応じられません。日本語という言語の発音機構はそのような因子を組み込んでいないからです。この欠落は善悪の問題ではありません。技術の差でもありません。器用、不器用の差でもありません。各言語を構成する発音システムの問題なのです。それは、千尋の谷底を介した、越えがたい文化の差なのです。人は、バイリンガル環境に育たない限り、両言語に完璧に通じることはできません。しかも、発音はどの民族にとっても、自己の言語システムの心臓部であり、言語運用の要です。
途方もない熱意と努力と、それを正面から受け止める科学的な指導が出会わなければ、日本人が英語の正しい発音をマスターすることは不可能です。そして、残念ながら、日本の通常の英語教育の現場では、一人一人に、そこまで面倒を見ることはまずありません。英語はブロークンでもある程度まで通じます。しかし、発音された一個一個の単語が正しく発音され、相手に理解されなければ、それもむなしい夢に終わります。対話が要求する正しい単語を正しい順番に並べ、正しい発音と、正しいイントネーション、そして正しい息継ぎでしゃべったときにのみ、完全な意思疎通が可能になります。
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